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為替ってなに?
為替」は、銀行法の定義で「隔地間において、場所を隔てている者同士が、直接に現金の送金をなすことなく、資金授受の目的を達成すること」となっています。 つまり、国内、海外を問わずお金を送金することを指します。 しかし、一般的にテレビのニュース等でよく耳にする「為替」とは「外国為替」を指します。
 「外国為替」とは、外国の通貨と日本の通貨、または異なる二国間の通貨を交換することをいいます。場合によっては交換した通貨を送金することもあります。 たとえば海外旅行をする時、現地でのお小遣いを前もって準備するため、銀行で旅行先の通貨に両替します。 また、自動車会社(輸出企業)が海外に自動車を輸出して販売すると、その国での売上は、日本円に両替して本国に送金します。 石油会社(輸入企業)が原油を輸入する際、その代金を米ドル建てで決済します。その場合、日本円を米ドルに両替して決済します。 これらすべて「外国為替」といいます。
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外為取引の面白さって何だろう
外国為替は24 時間取引が出来るから楽しい♪夜、眠るのを忘れて取引をしてしまう
目の前でチャートやレートがリアルタイムに動いていくのを見ていると面白くてついつい取引が増えてしまう。ポジションを持つと為替レートが動くたびに損益が発生するんです。そのドキドキ感がたまりません。
為替を取引しているとTVや新聞のニュースが興味深い。
名前も知らなかった人達の発言がスット頭に入ってきた瞬間、各国の要人達に対してそうなんだよ、分ってるじゃないかと思わずツッコミを入れてしまう自分が好き。
チャートやファンダメンタル分析で今後の為替予測を行う。予測がズバリと当たったときは「俺って天才!?」と思ってしまう。
世界経済に興味がある。米国の景気動向は?欧州は?今後の世界景気は?
と考えているのは知的好奇心を満たしてくれる。
世界を舞台に自分の頭脳を試しているかのよう。 相手は百戦錬磨の投資家達、相手にとって不足はない。
外国為替レートがなぜ動くのか?
外国為替市場での取引には、さまざまな参加者がいます。海外と商取引を行う企業、銀行などの金融機関、外国為替レートの変動で大きく利益を上げようとしている投機筋などです。こうした参加者が、それぞれの思惑や必要に応じて外貨を売買しています。その需給バランスが、外国為替レートを動かすのです。

需給バランスとは、売り手と買い手の力関係と考えていいでしょう。たとえばドルを売りたいという勢力が強ければドル安円高になりますし、ドルを買いたいという勢力が強ければドル高円安になります。

問題は、どのような根拠でドルを買うのか、あるいは売るのかということです。

簡単に言えば、国力が後退した国の通貨は売られますし、景気が回復した国の通貨は買われます。異なる2つの国の金利水準を比較し、金利の高い国の通貨が買われ、金利の低い国の通貨が売られることもあります。さらに国際紛争などが勃発すれば、基軸通貨と呼ばれる米ドルが買われます。

外国為替市場の参加者はさまざまですから、参加者一人ひとりの思惑がマーケットでぶつかり合います。そこに力関係が生まれ、外国為替レートが変動するのです。

円安の要因その1:原油価格の上昇
円安は、輸入する原油の価格が上昇することによっておこります。原油の決済はドルで行われます。 たとえば原油価格が上昇すれば、必要とする量は変わらなくても、価格の上昇に伴い、ドルを調達する量も増えます。

 輸入企業の決済を行うため銀行は、外貨の調達が必要となり、結果として外国為替市場で外貨をカバーすることになります。 この増えた外貨買い/円売りのカバーにより円安になります。

 実際には備蓄との関係で、ストレートには為替に影響を及ぼしませんが、じんわりと影響を及ぼす要因です。

通貨政策
為替の変動要因として最も重要なのが、各国の通貨政策です。特にアメリカの通貨政策は重要です。 我が国の円が1949年に1ドル=360円の単一為替相場が定められて以来、1971年8月のニクソンショック(308円まで切り上げ)や、1978年10月のカーターショック(180円を割り込む)によりドルが急激に下落する場面がありました。 このような緊急事態になるとアメリカは「ドル防衛」をせざるを得なくなり、当時のカーター政権は、苦肉の策として、SDR(IMF特別引出権)を売却し、IMFリザーブ・トラッシュも引き出し、各国とのスワップ網を拡大しました。 結果、1ヶ月後には197円までドルは一気に値を戻し、1979年4月には、220円近くまでドルが上昇しました。

 高くなりすぎたドルは、アメリカ国内で貿易赤字の問題を深刻化させました。 そこで、アメリカのベーカー財務長官の呼びかけにより、ニューヨークのプラザ・ホテルで5ヶ国蔵相会議(G5)が開かれ、ドル高是正で合意(プラザ合意)した結果、240円台から1987年の2月には半分の120円にまでドルは下落しました。

 このように、通貨政策の変更は為替相場に大きな影響を与えます。 したがって市場参加者は、各国の通貨当局者の発言には注目します。 ちょっとしたニュアンスの違いを聞き取ることが、外国為替相場の転換を知る上で重要であるからです
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